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水戸地方裁判所土浦支部 平成10年(ワ)422号 判決 2000年7月31日

主文

一  被告らは、連帯して、原告に対し、金一一〇五万二二一四円及びこれに対する被告有限会社大和タクシーは平成一一年一月一〇日から、被告武田信彦は平成一一年一月一二日から、各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は仮りに執行することができる。

事実及び理由

一  請求

主文と同旨

二  事案の概要

本件は、代表取締役がいわゆる一人親方として営む土建業の同族有限会社である原告会社が、右代表取締役がタクシーに跳ねられて重傷を負い長期間入院加療を余儀なくされて受注活動を行えず売上不振に陥り損害を被ったとして、代表取締役個人が提起した前訴の和解でタクシー会社及び運転者個人から得た損害賠償とは別に、いわゆる原告会社の企業損害として事故日の次の三期の営業損失分の損害賠償請求をするものである。

三  当事者間に実質的に争いのない事実

1  原告会社の代表取締役の訴外大久保剛士(以下、「大久保」という)が、平成六年四月一一日、つくば市竹園一丁目七番地先路上を歩行中、被告武田信彦(以下、「被告武田」という)運転の被告有限会社大和タクシー(以下、「被告会社」という)保有のタクシーに跳ねられる交通事故(以下、「本件事故」という)の被害にあった事実

2  原告会社が、本件事故の被害者である大久保が代表取締役をつとめ、主として土木水道工事を業とする有限会社で、大久保の妻を唯一の事務員とし、常雇いの従業員は一人もなく、時々の受注請負工事の規模に応じて工事毎に手間賃を支払って作業員を雇用して工事をこなして経営してきた事実

3  被告会社が、被告武田を運転手として雇用してタクシー業を営む有限会社である事実

4  本件事故現場が、道路の拡幅工事が行われていた場所で、通常二車線のところ本件事故当時右工事のため一車線分は工事関係車両が駐車して片側一車線の規制が行われ看板によりその旨の表示がなされていた事実、被告武田運転車両が、前記片側一車線の規制が行われていた道路を徐行することなくかなりの速度で進行してきて、折から右工事関係車両が駐車していた車線から一車線の車道を横切って反対側の歩道へ横断しようとしていた大久保に衝突した事実

5  大久保が本件事故により左下腿骨開放粉砕骨折等の重傷を負い、平成六年四月一一日から同年九月一一日まで訴外筑波メディカルセンター病院入院、同年九月一二日から平成七年一月一九日まで同病院通院、同年一月二〇日から同年五月二一日まで医療法人県南病院入院、同年五月二二日から同年一一月二九日まで同病院通院、同年一一月三〇日から平成八年四月三日まで同病院再入院、同年四月三日から同年六月一〇日まで同病院通院の各治療を受け、同年六月一〇日、症状固定後遺障害八級の認定を受けた事実

6  大久保が被告両名を相手方として当庁に本件事故による治療費、傷害による慰謝料・休業損害、後遺障害による逸失利益・慰謝料等の支払いを求める損害賠償請求訴訟(以下、「前件訴訟」という)を提起し、平成一〇年八月二七日、被告らが既払い分を除いて金一六〇〇万円を支払う旨の和解が成立し右金額を支払った事実

四  争点

1  本件事故による大久保の受傷と原告会社の損害との因果関係

(請求原因)

(原告の主張・被告の反論に対する再反論)

(1) 原告会社は、本件事故の被害者である大久保が代表取締役をつとめ、同人の妻を唯一の事務員とし、常雇いの従業員は一人もなく、時々の受注請負工事の規模に応じて工事毎に手間賃を支払って作業員を雇用して現場の工事をこなして経営してきた大久保個人の純然たる同族有限会社で、同人は工事現場に出て現場監督をするほか、何よりも唯一の営業マンとして注文先や元請先に出向いて受注活動をしてきた。

(2) 従って、大久保が本件事故により受傷し入院中はもとより退院後の通院中も工事現場に出られないばかりか、何よりも原告会社の代替者のない唯一の営業マンとして受注活動が出来ず、後遺障害による不自由な体の状況とあいまって殆ど新たな注文が取れず受注件数・受注額の激減を招きそれが以後の原告会社の売上減少をもたらした。

(3) 原告会社の第一九期(平成三年三月一日から平成四年二月末日まで)以降第二五期(平成九年三月一日から平成一〇年二月末日まで)までの各期における受注件数とそれに対応する売上高は別表一のとおりで、大久保が本件事故により受傷した平成六年四月一一日(第二二期の期首)を境に、それまでの受注件数が第一九期から第二一期までが年間三四件ないし六〇件、それに対応する売上高が金四三六三万円ないし金二五八一万円であったのが、第二二期以降第二五期までの受注件数がそれぞれ二件、四件、一〇件、四〇件(但し小口が殆ど)、それに対応する売上高が各金三一九万五〇〇〇円、四一八万三〇〇〇円、七〇〇万円、九四七万〇五五七円に止まったことからも、大久保の本件事故による受傷の結果、同人が原告会社の営業活動ができず大幅な受注減をもたらし原告会社の売上高の激減につながったことは明らかである。

(4) 期首に大久保の本件事故による受傷があった原告会社の第二二期の決算上の売上が金二三八三万円と多額なのは、通常、原告会社の一件当たりの工事単価が金五〇〇万円を超えるものが稀であるのに、同期の施工工事中に一件当たりの工事単価が金一〇〇〇万円、金七〇〇万円を超えるものが各一件あったためである。

これは、原告会社においては第一八期ないし第二〇期までの工事件数は三五ないし五七件、売上高は平均して金三〇〇〇万円程度であったのが、第二一期にはそれまで取引のあった元請先からの受注が小口化し一件当たりの工事単価が低下しその結果工事件数は五八件と多い割に全体の売上高が金一八二五万円と低下したため、大久保において新たな発注先を確保すべく営業活動に注力し、第二一期の期間中に新たに訴外株式会社岡部工務店(以下、「岡部工務店」という)から大口三件を含む五件合計金約二七四三万円の工事を受注し、その売上が第二一期には立たず、売上の一部が第二二期に計上された成果である。

しかしながら、大久保の本件事故による受傷で以後原告会社のみで岡部工務店から受注した工事を完成することができなくなり、一部は他社に譲らざるを得なくなり、前記受注分のうち原告会社の売上は金一三四三万三〇〇〇円に止まり、以後大久保の長期の入退院及び後遺障害の結果、同工務店からの受注は得られなくなった。

(5) 殊に第二三期の原告会社の状況は悲惨で、第二二期の期首の平成六年四月に大久保が本件事故により受傷し入退院を繰り返し全く受注活動ができなかったため、なすべき工事もなく、工事件数は僅かに三件、売上高は金二九〇万円に止まった。

(6) 第二四期以降も、大久保が本件事故により受傷し約二年間入退院を繰り返し殆ど就労できなかったため、原告会社は元請先の信用を失い、古くからの取引先の訴外五月女設備工業株式会社(以下、「五月女設備」という)、訴外北斗設備工業株式会社(以下、「北斗設備」という)及び第二一期に開拓した前記岡部工務店から一切注文が来なくなり、第二四期の工事件数は一〇件、売上高は八二八万円に過ぎず、第二五期において僅かに極く小口の一般家庭の水道補修工事を拾い集め、工事件数四〇件、工事高金九四七万円に回復するに止まった。

(7) 原告会社の受注工事は、従来からの固定的な元請先からの下請け工事が多く、元々バブル景気の恩恵も受けていなかったかわりに、平成六年四月の大久保の受傷以前の平成四年ころから若干一口当たりの工事単価が低下する傾向はあったものの受注件数自体は殆ど落ち込まずバブル経済崩壊の影響もさほどなく、同人の地道な営業活動により新たな元請先を開拓して収益を改善することが可能で、現に、前記のとおり同人が営業活動に注力し第二一期の期間中に新たに岡部工務店から大口三件を含む五件の合計金約二七四三万円の工事を受注し、第二二期以降の売上の大幅改善が確実であったその矢先に同人が本件事故により受傷し受注の機会を失ったもので、原告会社が大久保の受傷以前から営業損益が赤字体質に陥っていたということはない。

(被告の反論)

(1) なるほど、一般論としては、原告会社が本件事故の被害者である大久保が代表取締役をつとめ、同人の妻を唯一の事務員とし、常雇いの従業員は一人もなく、時々の受注請負工事の規模に応じて工事毎に手間賃を支払って作業員を雇用して現場の工事をこなして経営してきた大久保個人の純然たる同族有限会社であるから、間接の企業損害につき賠償の可能性を認めた昭和四三年の最高裁判例のいう代表者個人と会社とが経済的に一体性を有する場合に当たり、被告らの本件事故による大久保の受傷に基づく原告会社の利益の喪失との間に相当因果関係のある場合には原告会社の損害を賠償すべきものであるとはいえる。

(2) しかしながら、大久保個人の受傷による原告会社の具体的損害は明らかでない。

企業損害の損害額の具体的算定は、まず第一に、被害者個人の受傷前の会社の利益と受傷後の会社の利益とを比較してその差額によるべきものであるところ、原告会社は大久保の平成六年四月の受傷前の平成五年二月の第二〇期から営業損益が金八万六五六七円の赤字に転じ、受傷直前の平成六年二月の第二一期には営業損失が金四三〇万一〇五六円と拡大していて、逆に受傷直後の平成七年二月の第二二期には営業損失が金二五一万四二五五円と縮小し改善傾向にあり、結局、大久保の受傷と原告会社の利益の減少との因果関係は認め難い。

(3) また、仮に、原告会社の営業利益が大久保個人の受傷、入通院後減少したとしても、それがどの程度同人の本件事故による受傷、入通院による営業活動能力の低下と相当因果関係のあるものであるかは、原告会社の営業成績に影響する他の要因との兼ね合いもあって算定が困難で、厳密には各契約につき他の要因を逐一検証しなければ判別ができず、結局、原告会社側の損害の立証はなされていない。

(4) 原告会社の営業損失は、同会社が平成四年ころから営業損益が赤字体質となっていたことからみて、大久保の本件事故による受傷の影響というよりも、日本経済のバブル崩壊の影響によるものが大きいものと思われる。

2  前件訴訟における大久保個人に対する損害賠償の和解による原告会社の請求権の喪失(仮定的抗弁)

(被告の主張)

仮に、原告会社に被告らに対する損害賠償請求権が認められるとしても、原告会社は、前件訴訟における被告らと大久保個人との間の損害賠償の和解により請求権を喪失した。即ち、

(1) 前記当事者間に実質的に争いがない事実三6のとおり、被告らは、前件訴訟において大久保個人に対し損害賠償として金一六〇〇万円を支払う訴訟上の和解をなし右金額を支払った。

(2) 右前件訴訟は大久保個人の被告らに対する本件事故による損害賠償請求訴訟であるが、訴訟前の事前交渉では大久保は原告会社に生じたいわゆる企業損害(本件訴訟の原告会社の訴訟物)の填補も強く要求していて、前件訴訟の和解においても大久保側は和解金額に企業損害を反映するよう粘った挙げ句、裁判官から事故後の遅延損害金や弁護士費用を加味して前記金一六〇〇万円の和解金額が提示されて同額で決着したものである。

(3) 企業経営者個人の事故による間接損害としてのいわゆる企業損害が認められるのは、法人格をもつ企業が実質的に個人企業で企業経営者個人を離れて存立しえない経済的に同一体の関係にある場合であるところ、大久保と原告会社との関係はまさにそれに該当し、大久保の本件事故による受傷で同人が営業活動をできなくなった結果原告会社が損失を被ったというのであるから、本件事故による営業活動面の損害賠償請求は大久保又は法人である原告会社のいずれかから選択的に行使でき、加害者である被告側は大久保及び原告会社の一方に賠償すれば原則として他方に対しても責任を免れる関係にあり、前件訴訟の和解において大久保は実質的に原告会社のいわゆる企業損害についても填補を受ける旨の合意をしたもので、原告会社は、請求権を喪失しており本件で重ねて企業損害の請求をすることはできない。

(原告の反論)

(1) 前件訴訟は、あくまでも、大久保個人の被告らに対する本件事故による治療費、傷害による入通院慰謝料、休業損害、後遺障害による逸失利益・慰謝料等の損害賠償請求訴訟で、原告会社は当事者ではなく、原告会社の企業損害は後の本件訴訟に譲ったもので和解の対象となっていない。

従って、前件訴訟の和解により原告会社の本件訴訟における損害賠償請求権が損なわれるいわれはない。

(2) 法人格をもつ企業が実質的に個人的企業である場合、代表者個人の事故による受傷により企業に生じた損害の賠償を求めることができる理由は、代表者個人と企業が経済的一体性をもっているため、被害者である代表者個人の受傷と企業の損害との間に相当因果関係が認められるからで、代表者個人と企業が同一と見なされるわけではない。

個人的企業の場合、代表者個人の活動による収入が企業の収入として計上され、その一部が企業の経費や資金となり、その他が代表者個人の報酬になるもので、代表者個人の事故による消極損害は、受傷の結果会社で活動することができず会社から報酬を受けられなかったことによる休業損害であり、他方、代表者の事故による企業の消極損害は、代表者個人が活動できれば企業に発生する筈であった収入が発生しなかったことによる損害である。

五  争点に対する判断

1  争点1(本件事故による大久保の受傷と原告会社の損害との因果関係―請求原因)について

(1)  原告会社における大久保の位置、役割、本件事故による受傷と回復状況について

甲第一、第二、第四ないし第一〇号証、第二八号証、原告代表者本人の供述、前記実質的に当事者間に争いがない三1ないし5の事実及び弁論の全趣旨によると、(理解の便宜のため前記実質的に争いがない事実も再掲する)

<1> 原告会社の代表取締役の大久保が、平成六年四月一一日現場作業中つくば市竹園一丁目の路上を横断歩行していて被告武田運転の被告会社保有のタクシーに跳ねられる本件事故の被害にあったこと

<2> 大久保が、本件事故により左下腿骨開放粉砕骨折等の重傷を負い平成六年四月一一日から平成八年四月三日までの間、訴外筑波メディカルセンター病院、医療法人県南病院に断続的に都合三回合計約一三か月間入院、右各病院に断続的に合計約一三か月通院治療を受け、本件事故から約二年二か月後の平成八年六月一〇日に症状固定・後遺障害八級の認定を受けたこと

<3> 原告会社は、他に形式上二名の取締役がいるものの、本件事故の被害者である大久保が代表取締役、大久保の妻カツ子が監査役をつとめ、右カツ子を唯一の事務員とし、常雇いの従業員は一人も置かず、時々の受注請負工事の規模に応じて工事毎に手間賃を支払って作業員を雇用して主として土木・上下水道工事ををこなして経営してきた資本金三〇〇万円の典型的な個人的な同族有限会社であること

<4> 原告会社における受注活動は、専ら一〇〇パーセント大久保がこまめに元請業者・同業の知人等の得意先を回りその人脈と手堅い仕事ぶりへの信用により注文を取っており、これについては妻カツ子その他の者によって代替することは不可能であったこと

<5> 大久保は、本件事故による受傷後、平成六年九月に一旦訴外筑波メディカルセンター病院を退院して通院中、無理をして松葉杖をつきながらタクシーで仕掛かりの工事現場に出向いたりしたが、足元も覚束ない松葉杖姿で出掛けたところで注文が取れる筈もなく得意先への受注活動は全くできず、何とか得意先への受注活動に出られるようになったのは平成八年六月の後遺症状固定後であったこと

<6> 大久保の本件事故による受傷後の約二年二か月の入退院、通院による得意先回りのブランクは、従前からの長い得意先の五月女設備、北斗設備及び新しく第二一期に開拓した大口取引先の岡部工務店をも失うことになったこと

以上の事実が認められる。

(2)  原告会社の大久保の本件事故による受傷の前後における営業損益の状況について甲第一一ないし第三八号証、原告代表者本人の供述及び弁論の全趣旨によると

<1> 原告会社の第一九期(平成四年二月末日までの一年間)以降第二五期(平成一〇年二月末日までの一年間)までの各期における受注件数とそれに対応する売上高(甲第一二ないし第一八号証の決算報告書における各期の売上高と異なることに注意)は別表一のとおりで、大久保が本件事故により受傷した第二二期の期首の平成六年四月一一日より前の受注件数が、第一九期から第二一期までがそれぞれ年間六〇件、三四件、五九件、それに対応する売上高が各金四三六三万五〇〇〇円、金二五八一万六〇〇〇円、金三七二三万五〇〇〇円であるのに対し、第二二期以降第二五期までの受注件数がそれぞれ二件、四件、一〇件、四〇件(但し小口が殆ど)、それに対応する売上高が各金三一九万五〇〇〇円、金四一八万三〇〇〇円、金七〇〇万円、金九四七万〇五五七円と激減したこと(甲第二一ないし第二七号証、原告代表者本人の供述及び弁論の全趣旨)

<2> 原告会社の第一八期(平成三年二月末日まで)から第二五期(平成一〇年二月末日まで)までの各期の決算上の売上高(工事収入)、売上原価(当期完成工事原価)、売上高から売上原価を控除した売上総利益(又は売上総損失)、販売費及び一般管理費、営業利益(又は営業損失)は、別表二のとおりで、これによってみても、原告会社においては、前記(1)<3>認定のとおり、常雇いの従業員は一人も置かず時々の受注請負工事の規模に応じて工事毎に手間賃を支払って作業員を雇用して工事をこなしていた関係上、売上高が多い期には売上原価も売上総利益も多く、大久保の第二二期の期首の平成六年四月の本件事故による受傷後の第二三期以降の売上総利益が同期で初めて金二五万三五四五円の損失に転じ、第二四期では僅か金四〇万八四七九円の利益、第二五期でも若干改善して金三七一万二〇一二円の利益に止まっており、前記大久保の受傷の影響が出る前の第二二期以前(同期の売上総利益が好調であった理由は後記<3><4>認定のとおりである)に比較して激減しており、他方、固定的経費である販売費及び一般管理費は、その大部分を占める大久保及びカツ子の役員報酬が、第一八期の金三〇〇万円から、第一九期の金四七〇万円、第二〇期の金六一二万円、第二一、第二二期の金六七二万円、第二三ないし第二五期の金六一二万円と増減したため第一八期の金四四一万六二五〇円から暫増し第一九期から第二一期まで各金六六五万八四二八円、金九四四万二一四二円、金九六七万四九六一円から大久保の本件事故による受傷後減少し第二三期ないし第二五期は各金八三〇万九〇〇四円、金八二〇万九八七〇円、金八二五万三六一八円であること(甲第一一ないし第一八号証及び弁論の全趣旨)

<3> 原告会社においては第一八期(平成三年二月末日までの一年間)ないし第二〇期(平成五年二月末日までの一年間)までの当期工事件数はそれぞれ四四件、五七件、三五件、売上高はそれぞれ金二四三七万四四三三円、金三七四八万二二二七円、金三〇三一万一一七九円と概ね順調で平均して金三〇〇〇万円程度であったのが、第二一期にはそれまでの元請先の五月女設備工業からの共同住宅の上下水道配管関係工事の注文が建築不況の影響で減少し受注が小口化し一件当たりの工事単価が低下しその結果工事件数は五八件と多い割に全体の売上高が金一八二五万〇八三一円と低下したため、大久保において新たな発注先を確保すべく営業活動に注力し、第二一期中に新たに大久保の子息が勤務していた岡部工務店からつくば市竹園地内の水道管敷設工事等大口三件を含む五件合計金二七四二万〇五〇〇円の工事を受注し、その売上が第二一期には立たなかったものの第二二期以降の原告会社の営業損益の大幅改善の目処が立ったこと(甲第一一ないし第一五号証、第二八号証、原告代表者本人の供述及び弁論の全趣旨)

<4> 原告会社の第二二期の決算は、期首の平成六年四月に大久保の本件事故による受傷があったにもかかわらず、前記第二一期に獲得した岡部工務店からの一件当たりの工事単価が金一〇〇〇万円、金七〇〇万円を超える工事各一件を作業員を雇って何とか施工したため売上高が金二三八三万八四二九円と比較的多額なものになったこと(甲第一五号証、第二八号証、原告代表者本人の供述及び弁論の全趣旨)

<5> しかしながら、大久保の本件事故による受傷以後、原告会社のみで岡部工務店から受注した工事を完成することができなくなり、一部は他社に譲らざるを得なくなり、前記受注分のうち原告会社の売上に立ったものは金一三四三万三〇〇〇円に止まり、以後大久保の長期の入退院及び後遺障害の結果、同工務店からの受注は得られなくなったこと(甲第二八号証、原告代表者本人の供述及び弁論の全趣旨)

<6> 原告会社の第二三期の状況は殊に悲惨で、第二二期の期首の平成六年四月に大久保が本件事故により受傷し入退院を繰り返しその後全く受注活動ができなかったため、なすべき工事もなく、工事件数は僅かに三件、売上高は金二九〇万三三一四円に止まったこと(甲第一六、第二八号証、原告代表者本人の供述及び弁論の全趣旨)

<7> 第二四期以降も、大久保が本件事故により受傷し約二年二か月間入退院を繰り返し殆ど就労も営業活動もできなかったため、原告会社は元請先の信用を失い、古くからの取引先の五月女設備、北斗設備及び第二一期に開拓した岡部工務店から一切注文が来なくなり、第二四期の工事件数は一〇件、売上高は金八二八万〇七〇〇円に過ぎず、第二五期において極く小口の一般家庭の水道補修工事を拾い集め、工事件数四〇件、工事高金九四七万〇五五七円に回復するに止まったこと(甲第一七、第一八、第二八号証、原告代表者本人の供述及び弁論の全趣旨)

<8> 原告会社の受注工事は、従来からの固定的な元請先からの下請け工事が多く、元々バブル景気の恩恵も受けていなかったかわりに、平成六年四月の大久保の受傷以前の平成四年ころから若干一口当たりの工事単価が低下する傾向はあったものの受注件数自体は殆ど落ち込まずバブル経済崩壊の影響もさほどなく、同人の地道な営業活動により新たな元請先を開拓して収益を改善することが可能で、現に、前記のとおり同人が営業活動に注力し第二一期の期間中に新たに岡部工務店から大口三件を含む五件の合計金約二七四三万円の工事を受注し、第二二期以降の売上の大幅改善が見込まれ、原告会社が大久保の受傷以前から営業損益が赤字体質に陥っていた訳ではなかったこと(甲第一五号証、第二八号証、原告代表者本人の供述及び弁論の全趣旨)

<9> 建設省が監修して年度毎に発行している建設総合統計年度報によると、茨城県下における平成三年度以降の工事費は、殊に民間建築関係を中心に年々減少しているものの、民間・公共の総計では減少率は高々前年比一〇ないし二〇パーセントに止まること(甲第三二ないし第三八号証及び弁論の全趣旨)

以上の事実が認められる。

(3)  本件事故による大久保の受傷と原告会社の第二三期から第二五期までの営業損失との因果関係について

前記(1)認定の原告会社における大久保の役割の重要性、本件事故による同人の受傷と回復状況、取り分け、原告会社における受注活動は、専ら一〇〇パーセント同人がこまめに元請業者・同業の知人等の得意先を回りその人脈と手堅い仕事ぶりへの信用により注文を取っており、これについては妻カツ子その他の者によって代替することは不可能であったこと、大久保は、平成六年四月一一日本件事故により左下腿骨開放粉砕骨折等の重傷を負い同日から平成八年四月三日までの間、訴外筑波メディカルセンター病院等に断続的に都合三回合計約一三か月間入院、右病院等で断続的に合計約一三か月通院治療を受け、本件事故から約二年二か月後の平成八年六月一〇日に症状固定・後遺障害八級の認定を受けたこと、大久保は、本件事故による受傷後に何とか得意先への受注活動に出られるようになったのは平成八年六月の後遺症状固定後であったこと、大久保の本件事故による受傷後の約二年二か月の入退院、通院による得意先回りのブランクは、従前からの長い得意先の五月女設備、北斗設備及び新しく第二一期に開拓した大口取引先の岡部工務店をも失う結果をもたらしたこと、前記(2)認定の原告会社の大久保の本件事故による受傷の前後における営業損益の状況、取り分け、大久保が本件事故により受傷した第二二期の期首の平成六年四月より前の原告会社の期間別実質受注件数が、第一九期から第二一期までがそれぞれ年間六〇件、三四件、五九件、それに対応する売上高が各金四三六三万五〇〇〇円、金二五八一万六〇〇〇円、金三七二三万五〇〇〇円であったのに対し、第二二期以降第二五期までの期間別実質受注件数がそれぞれ二件、四件、一〇件、四〇件(但し小口が殆ど)、それに対応する売上高が各金三一九万五〇〇〇円、金四一八万三〇〇〇円、金七〇〇万円、金九四七万〇五五七円と異常かつ極端に激減したこと、原告会社の営業損益は売上高の多寡に大きく依存し、固定的経費でその大部分を大久保及びカツ子の役員報酬が占める販売費及び一般管理費は、第一九期から第二一期まで各金六六五万八四二八円ないし金九六七万四九六一円から大久保の本件事故による受傷後減少し第二三期から第二五期は各金八二〇万九八七〇円ないし金八三〇万円九〇〇四円であること、原告会社においては第一八期ないし第二〇期の当期売上高は概ね順調で平均して金三〇〇〇万円程度で推移していたのが、第二一期にはそれまでの元請先からの工事の注文が建築不況の影響で減少し受注が小口化し一件当たりの工事単価が低下し売上高が金約一八二五万円と低下したため、大久保において新たな発注先を確保すべく営業活動に注力し、第二一期中に新たに岡部工務店から大口三件を含む五件合計金二七四二万〇五〇〇円の工事を受注し、その売上が第二一期には立たなかったものの第二二期以降の原告会社の営業損益の大幅改善の目処が立っていたこと、その矢先の第二二期の期首の平成六年四月に大久保が本件事故で受傷し以後症状固定の平成八年六月までの約二年二か月間受注活動ができず前記のとおり従来の得意先を失ったこと、原告会社の前記第二三期ないし第二五期の受注の極端かつ異常な落ち込みは高々年率一〇ないし二〇パーセントに過ぎない茨城県下での建設売上の下落ぶりに照らしてバブル崩壊の影響によるものとは認め難いこと、以上の事実を総合すると、原告会社の大久保の本件事故による受傷に基づく第二三期から第二五期までの企業損害(営業利益の減少額)は、原告会社の第一九期から第二一期までの期間別実質受注件数に対応する平均売上高金三五五六万二〇〇〇円からこの売上高に近似する第一九期決算(売上高金三七四八万二二二七円)における売上原価二三四五万四四九〇円の対売上高比率〇・六二五を乗じた金二二二二万六二五〇円を控除した平均売上総利益金一三三三万五七五〇円と、第二三期から第二五期までの期間別実質受注件数に対応する平均売上高金六八八万四五一九円からこの売上高に比較的近似する第二四期決算(売上高金八二八万〇七〇〇円)における売上原価七八七万二二二一円の対売上高比率〇・九五〇(実際には、平均売上高金六八八万四五一九円は第二四期売上高金八二八万〇七〇〇円よりかなり低いので売上原価比率はより高いものと推定される)を乗じた金六五四万〇二九三円を控除した平均売上総利益金三四万四二二六円の差額金一二九九万一五二四円から、同じく第一九期から第二一期までの販売費及び一般管理費の平均値金八五九万一八四三円と第二三期から第二五期までのそれの平均値金八二五万七四九七円の差額金三三万四三四六円を控除した金一二六五万七一七八円を三倍した金三七九七万一五三四円を下らないもので、よって、原告会社が本件訴訟で請求している第二三期ないし第二五期の営業損失額の合計金二〇九〇万五五四六円は控え目なものといえる。

計算式

第19期から第21期までの期間別実質受注件数に対応する平均売上高=

金(4363万5000円+2581万6000円+3723万5000円)÷3=金3556万2000円

前記平均売上高に近似する第19期決算における売上原価の対売上高比率=

金2345万4490円÷金3748万2227円=0.625

第19期から第21期までの期間別実質受注件数に対応する平均売上原価=

金3556万2000円×0.625=金2222万6250円

第19期から第21期までの期間別実質受注件数に対応する平均売上総刊益=

金3556万2000円-金2222万6250円=1333万5750円

第23期から第25期までの期間別実質受注件数に対応する平均売上高=

金(418万3000円+700万円+947万0557円)÷3=金688万4519円

前記平均売上高に比較的近似する第24期決算における売上原価の対売上高比率=

金787万2221円÷金828万0700円=0.950

第23期から第25期までの期間別実質受注件数に対応する平均売上原価=

金688万4519円×0.950=金654万0293円

第23期から第25期までの期間別実質受注件数に対応する平均売上総利益=

金688万4519円-金654万0293円=金34万4226円

第19期から第21期までの販売費及び一般管理費の平均値=

金(665万8428円+944万2142円+967万4961円)÷3=金859万1843円

第23期から第25期までの販売費及び一般管理費の平均値=

金(830万9004円+820万9870円+825万3618円)÷3=金825万7497円

原告会社の第23期から第25期までの本件事故による営業利益の減少額=

金〔1333万5750円-34万4226円-(859万1843円-825万7497円)〕×3=金1265万7178×3=金3797万1534円

2  争点2(前件訴訟における被告らと大久保個人との損害賠償の和解による原告会社の請求権の喪失―仮定的抗弁)について

(1)  大久保が被告両名を相手方として当庁に本件事故による治療費、傷害による慰謝料・休業損害、後遺障害による逸失利益・慰謝料等の支払いを求める前件訴訟を提起し平成一〇年八月二七日被告らが既払い分を除いて金一六〇〇万円を支払う旨の和解が成立し右金額を支払った事実は前記三6のとおり実質的に当事者間に争いがないが、前件訴訟は、あくまでも原告会社ではなく大久保個人と被告らとの間の訴訟であり、原告会社と大久保が法的人格を別にする以上、前件訴訟の和解により原告会社の本件訴訟における損害賠償請求権が損なわれるいわれはない。いわゆる法人格否認の法理は、法人格が形骸化していたり、法人格が濫用されている場合に債権者を保護する法理であって本件のような場合に適用すべきものではない。

(2)  更に実質的にみても、法人格をもつ企業が実質的に個人的企業である場合、代表者個人の事故による受傷により企業に生じた損害の賠償を求めることができる理由は、代表者個人と企業が経済的に一体性を有しているため、被害者である代表者個人の受傷と企業の損害との間に相当因果関係が認められるからにすぎず、その場合、代表者個人と企業の損害が同一のものと見なされるわけではない。

(3)  個人的企業の場合、代表者個人の活動による収入が一旦企業の収入として計上され、その一部が企業の経費や資金となりその他が代表者個人の報酬になるもので、代表者の事故による企業の消極損害は、代表者個人が活動できれば企業に発生する筈であった収入が発生しなかったことによる損害であり、他方、代表者個人の事故による消極損害は、受傷の結果会社で活動することができず会社から報酬を受けられなかったことによる休業損害であり、両者は別のものである。

(4)  ただ、前記のとおり個人的企業の場合、代表者の事故による企業の消極損害は、代表者個人が活動できれば企業に発生する筈であった収入が発生しなかったことによる損害で、右収入は一部が企業の経費や資金となりその他が代表者個人の報酬となるのであるから、前訴で代表者個人が加害者に対して自己の報酬分を休業損害として請求して認められた場合は、後訴で個人的企業が消極損害を請求する場合には現に支払われた右報酬分は控除されるべきである。

(5)  そして、本件において、原告会社は、自ら前件訴訟の和解内容に含まれる大久保個人の休業損害填補部分として、平成八年二月決算分の同人に対する取締役報酬全額金四八〇万円、平成九年二月決算分の同人に対する取締役報酬額のうち平成八年三月から同人の症状固定とされた同年六月一〇日までの分の取締役報酬全額金一三三万三三三三円、同年六月一一日以降平成九年二月分までの同人の後遺障害等級第八級の労働能力喪失率四五パーセントに対応する取締役報酬金一五五万九九九九円、平成一〇年二月決算分の同人に対する取締役報酬額のうち同じく同人の後遺障害等級第八級の労働能力喪失率四五パーセントに対応する取締役報酬金二一六万円の合計金九八五万三三三二円を実質的に原告会社の損害が填補されたものと評価して控除して請求しているものである。

(6)  以上によれば、被告らの前記仮定的抗弁は理由がない。

六  結論

以上によれば、原告会社の第二三期ないし第二五期の営業損失額の合計金二〇九〇万五五四六円から、原告会社自ら前件訴訟の和解内容に含まれる大久保個人の休業損害填補部分として、平成八年二月決算分の同人に対する取締役報酬全額金四八〇万円、平成九年二月決算分の同人に対する取締役報酬額のうち平成八年三月から同人の症状固定とされた同年六月一〇日までの分の取締役報酬全額金一三三万三三三三円、同年六月一一日以降平成九年二月分までの同人の後遺障害等級第八級の労働能力喪失率四五パーセントに対応する取締役報酬金一五五万九九九九円、平成一〇年二月決算分の同人に対する取締役報酬額のうち同じく同人の後遺障害等級第八級の労働能力喪失率四五パーセントに対応する取締役報酬金二一六万円の合計金九八五万三三三二円を実質的に原告会社の損害が填補されたものと評価して控除して請求する原告の本件請求は、全て理由があるので認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第六一条を、仮執行宣言につき同法第二五九条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 太田剛彦)

(別表1)

(別表2)

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